修復された特異点だが、特異点に似た残滓のようなものが残り、サーヴァント達のリミッターを解除する再臨のための素材、魔力リソースを探しに行くことはできる。便宜上フリークエストと呼んでいるが、オケアノスの海は、少年の記憶の中よりも鮮やかで青い。 「先輩、オケアノスはギリシャ神話の海神と同じ名前なんですよ」 ポセイドンとは異なり、外海を神格化したもので、英語で海を意味するoceanの語源ともいう。 「だから、ギリシャ神話と海賊のサーヴァントが多かったんだね」 「おや、私たちの話ですか?マスター」 やってきたバーソロミューが微笑んだ。少し前に召喚に応じた彼は、人理修復の戦いを記録でしか知らない。客将だったヘクトールに黒髭が刺されたところを見ても眉一つ動かさなかった。 「ああ、ちょっと魔力リソースの回収で、久しぶりにオケアノスのフリークエストに行こうと思って」 ライダークラスのサーヴァントや、ライダークラスでなくても乗騎と共に現界したサーヴァント、戦車等の逸話があって騎乗スキルを有するサーヴァントの中には、隕蹄鉄を再臨で使う者が多い。ストックが少なくなってきたからそろそろ回収に行こうかと話していたところに、バーソロミューは来合わせた。なお、彼が来た理由は「メカクレ分を補充しに来ました」という、本人以外には些末なことである。とはいえ、気の利く彼はタイミングよくマスターやマシュに休憩や気分転換の提案をしてくれるので、ダ・ヴィンチも好きにさせている。 「では、私も久々に海に出たいものです。ああ、もちろんマスターが休憩をした後でね」 「じゃあ、その時になったら呼ぶから」 「ティータイムをご一緒に、というのはいかがですかな?」 「ちょっと編成を考えるから公平を期すために席を外してもらえるかい?」 「麗しのダ・ヴィンチ殿に言われては仕方ないな。では、私は失礼しよう」 恭しく一礼するとバーソロミューは部屋を出て行った。 ゲートに集められたメンバーを見たヘクトールは、なぜ自分が呼ばれたか悟った。ヘクトールの他はティーチ、バーソロミュー、オデュッセウス、アスクレピオスとマシュだ。長めの前髪からすがるように見上げてくる少女を、バーソロミューが晴れやかな笑顔で見守っている。とはいえ、頼られると断り切れない。そもそも断れる性分なら他国の王妃をさらった弟を受け入れて10年戦争などしないだろう。 「おや、先生もですか?」 「その言い方やめろよ船長」 お互い、オケアノスの時のことは覚えていないはずだが、記録は見ていて知っている。わかっていて煽ってくるのはもはや間合いをはかるようなものだ。 「はは、仲が良いなお主達」 声を立てて笑うオデュッセウスを見たティーチがひそひそと囁いた。 「先生、オデュッセウス氏って天然ですよねぇ。保護者お疲れ様です」 「保護者違うから」 「じゃあ引率の先生。おっきーの好きなゲームだったら2周目以降に攻略可能になる年上の訳アリキャラですな」 「人に謎の属性付与するなよ」 「とかいいつつ、結構詳しいですね??」 「……愚弟がゲームやら何やら見てるんでね」 肩をすくめるヘクトールとティーチの間にバーソロミューが割って入った。 「おしゃべりはそこまで。マシュが出撃できずに困っているだろう?」 「へいへい」 「では拙者の船で出るということで。者ども乗り込め!」 ティーチの宝具でもあるアン女王の復讐号には、多くのサーヴァントが乗り込むほど力が増すという効果がある。それはバーソロミューも認めるところだったので、おとなしく乗り込んだ。 特異点の残滓といえども時間の感覚はある。必要な素材を集める頃には、日が傾いていた。オデュッセウスやマシュの髪が夕日を受けて赤く染まる。ヘクトールの緋色の外套が強くなった潮風に大きくなびいた。怪我人が出なかったので、アスクレピオスはどことなくつまらなそうな顔で医療道具をしまっている。 「やはり海は良いな」 バーソロミューが呟く。 「初めて海に出た日のことは覚えていますか?」 「お?記念日って奴ですかな」 マシュが尋ねるとティーチも会話に混ざった。 「はい。世の中にはいろんな記念日がありますから」 「記念日より、無事にペーネロペーの元に帰ってこれたことの方が大切だ」 「珍しい症例の方が価値があるな」 オデュッセウスとアスクレピオスの反応に、マスターとマシュは顔を見合わせた。実に彼ららしい反応だ。ヘクトールは無言で煙草をくわえている。マスターの前だからか、火はつけていない。また、今回出撃したサーヴァントの中で、唯一船旅の逸話がないサーヴァントでもある。船を仕立てて求婚の旅に出た彼を謳った祝婚の詩があると言われているが、散逸して全文が残っていない。 「ええ。黒髭さんはどうですか?」 大海賊として、海賊の代名詞のような男としてエドワード・ティーチの名は語り継がれているが、海賊として名を馳せる前のことはほとんど知られていない。偽名を名乗る海賊も多かったため、エドワード・ティーチの名が本名かどうかも怪しい。とはいえ、サーヴァントとしての彼は海賊としての異名「黒髭」もしくはエドワード・ティーチを名乗る。 「初めて海に出た日より、拙者はマシュ嬢との記念日を作りたいですなあ」 手を妖しくうごめかせながらティーチが迫る。ヘクトールとオデュッセウスが少女を守るよう、油断なく構えた。 「セクハラだぞ黒髭!」 バーソロミューが整った眉を逆立てた。 「はいはい、わかってますようだ。先生もオデュッセウス氏も武器仕舞って。ステイステイ」 ティーチがマシュから離れる。二人は武器を収めた。 「ありがとうございます」 「どういたしまして」 バーソロミューがお辞儀をした。 マスターの少年が微笑んだ。オケアノスの海よりも明るい青い瞳が柔らかく瞬く。 「俺は記念日ってあまり気にしないけど、皆が誕生日を祝ってくれたのは嬉しいな」 「私はメカクレ記念日以上の記念日はないよ。メカクレをイイねと私が言ったから365日メカクレ記念日だ」 バーソロミューが胸を張った。 「なんだかビミョーにパクりっぽくない??」 「黒髭!失敬な!」 「でも、どこかで聞いたことある気がする」 「先輩、戻ったら調べてみます」 マシュが目を伏せた。それでその話はお開きになった。 記念日、記念日と呟きながらティーチはお宝を漁った。宝といっても生前のものではなく、パイケットやサバフェスで手に入れた同人誌、DVDなどになる。目当てのものを見つけら彼は動画を再生した。それは、少し前にマスターの出身国で放送された子供向けの番組で、クッキングアイドルなる少女がストーリーに沿った料理を作るという内容なのだが、ヒロインの少女が実際のタレントと連動していて、ストーリーを語るアニメーション部分と、タレントの少女が料理を作る実写パートからなる。ティーチが見ている話では、お寿司記念日と言う両親のために寿司づくりに挑戦するというあらすじだった。 「記念日好きの両親に振り回される美少女、尊いですなあ」 「む。もう少し前髪が長ければなおよいのだが。メカクレ深度Eマイナス」 「ぶれませんなぁ」 「お互いな」 性癖を尊重し合う、ある意味戦友だ。戦友と書いて、ともと読む。ベストでもマイでもないがフレンドだ。 そして、二人の関係はもう一つ特別なものがある。酔った勢いだったのか、サバフェスアフターで盛り上がり過ぎた勢いか、魔力供給のためだったのか、きっかけは定かではないが、いわゆるカラダのお付き合いというものだ。相性は悪くないのでなんとなく続いているが、非公認の仲である。 動画を止めたティーチの手に、日焼けしたバーソロミューの褐色の手が重ねられる。わかりやすい誘いに、予兆を感じたティーチが喉を鳴らした。 「もう少し、後でも良くない?」 「そうではなくて、だな」 「じゃあ、何だいバート?」 よく手入れされた指を包み込んでやると、早くも熱い吐息がこぼれる。 「私達も、だな」 「ん?聞こえないですねえ」 「私達も記念日を作らないか?」 「ふぉぁ?」 てっきり閨の誘いと思っていたティーチは、予想外の言葉に目を丸くした。 「記念日だ、記念日!」 「って何するの?メカクレウィッグをマスターから借りてくればいい??」 「断る!貴様のメカクレはお断りだ!」 隠すことなく、まっすぐに見て欲しい。略奪は海賊の常だが、体は奪えても心は奪えない。彼が憧れるドレイク、オケアノス以来の奇妙な因縁のあるヘクトールを密かにバーソロミューは羨むことがある。ティーチの中にバーソロミューは自分の証を残したい。追う者の、切なる願いを込めてバーソロミューはティーチを見つめた。 バーソロミューの、カリブ海を思わせる碧い瞳をティーチは見返した。 (なんと、まあ) 準男爵とまで綽名された男が、どんな宝よりも追ってくるのがこの自分とは。求められるのは悪くない。バーソロミューとする、後孔でのセックスの快楽も覚えた。だが、素直に応えてはやれない。愛も、恋も錨の重さでティーチを縛る。それくらいなら、手に入らぬ夢を追いかけている方がずっと性に合う。だからこそ、永遠に求められるだけの存在、すなわち二次元の少女をティーチは求める。三次元の美少女も魅力的だから声はかけるし触るがセックスはしない。嫌悪の眼差しで眺められるのさえ、ティーチは楽しんでいる。 「バート」 目を開けたまま唇を重ねる。 「答えになっていないぞ」 「じゃあ、結婚でもする?」 「いいのか?」 「ああ、いいぜバート」 「エディ」 バーソロミューが嬉しそうに笑う。煌めく碧い瞳は、これまで手にしたどんな宝石よりも美しく、並ぶ物は、そう。自分達の全てが在ったあの海しかないとティーチは思った。 流麗なクイーンズイングリッシュで書かれた招待状をヘクトールはピン、と弾いた。 「ヘクトール様」 「ああ、悪いねマンドリカルド。まさか、オジサンとお前さんが友人代表とはねえ」 結婚式といっても人前で行う形ばかりのものだ。ティーチとバーソロミュー、それぞれと縁の深いサーヴァントや縁の深いライダークラスのサーヴァントが証人となって、二人が証明書に署名するのを見守る。それだけだ。バーソロミューは召喚に応じてまだ日が浅いため、同じライダークラスかつメカクレ要素を持つマンドリカルドが頼まれて一言喋ることになった。ティーチ側の関係者に選ばれたヘクトールも、鎧を継いだ後輩のように思う青年に事情を聞かされては参加を断れない。分かっていてやっているであろう、ティーチのほくそ笑む顔を想像したヘクトールは招待状の名前を指でなぞった。 「まったく、さすがだねえ船長」 「えっと、結局どうすればいいんでしょうか?」 「こういう時の流儀なんて決まってる」 いつもの不敵な笑顔でヘクトールは答えた。 「にっこり笑ってご結婚おめでとうございます!って言えばいいのさ。あとは祝いの料理を食べて、飲む」 「はい!あ、でも服とか」 「俺達の正装なんて決まっているだろう?」 サーヴァントとしての姿以上の正装はない。緋色の外套を払うヘクトールにマンドリカルドは見惚れた。 「遅れないように行こうぜ」 式はオケアノスのフリークエスト地点、バーソロミューとティーチの船で行われる。 「はい!」 頷く青年の頭をポン、と撫でると連れ立って二人はゲートに向かった。 マスターの少年が、マシュと一緒に口上を述べる。頷いたバーソロミューとティーチがペンで書類に署名した。アンデルセンとシェイクスピアが用意した結婚証明書とペンは、魔力を帯びてきらきらと光っている。 「ここに、二人の結婚を承認するものとする」 マスターが最後の言葉を述べる。魔術でも何でもないが、気持ちは繋がった。 ささやかな宴会を終えた深夜。大きなベッドに寝転ぶティーチをバーソロミューが見下ろした。 「結婚、したんだな」 「何を今さら」 「何かいうことはないのか?」 バーソロミューの眉間にしわがよる。 「記念日ができたじゃねえか。まだ不満か?海賊準男爵さんはよぉ」 ティーチが鉤爪を外した素肌でバーソロミューの髪をかきあげる。 「不満はない。だが、他にないのか!ハンサムなパートナーを得た喜びとか!」 面白い男だ。少なくとも一緒にいれば退屈はしない。ティーチは人を食ったような笑みを浮かべた。 「じゃあ、一年後の今日、離婚して結婚記念日と離婚記念日にする?」
「断る!」 「じゃあ、別れたくならないよう頑張るんだな」 「ああ」 「俺達らしく海賊流に行こうぜ。奪ってみろよ」
「その言葉、忘れるな」
返事はない。奪えと言われた言葉通り、バーソロミューはティーチの唇を自身のそれでふさいだ。
愛の言葉はなく、恋の詩も捧げない。奪い、奪われが自分達の流儀だ。
「は、ぁ……」
「エディ」
ぐちゅ、ぬちと濡れた音を立てながらティーチが自らの後孔を広げた。今更恥じらうような間柄ではない。
「来い、よ……バート」
潤滑剤で濡れそぼつ手を拭わずに逸物に手を伸ばし、迎え入れる。最初の圧迫感をしのいだティーチがふう、と息をついた。
「あぁ、あ……エディ……エディ」
いつもの饒舌は鳴りを潜め、ひたすらに名を呼ぶバーソロミューがあまりにも嬉しそうなので、ティーチもまぜっかえすことはせず、ぐいと抱き寄せると繋がったままキスをした。
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