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bh20190515

Service day/19




 腑抜けサーヴァント生活と揶揄せざるを得ないカルデアでの日常を、バーソロミューと黒髭は本日もゲーム三昧に費やしていた。

 古今東西の据え置き機、ポータブル機が揃うオタク部屋では、時間という概念が乏しい英霊ですら足りないと感じるほど瞬く間に時が過ぎていく。それも各自ソシャゲを適宜走りつつ、モンスターを育成して戦わせ、島を開拓し、オンラインでひと狩り行ったりと目まぐるしい。これならマスターのデイリー周回という名のシュミレーターミッションにでも付き合った方が楽なのでは? と思ったことは一度や二度ではないが、それでも何かしらのゲーム機から手が離せないのがオタクとして二度目の人生を歩むサーヴァントの性で、海賊史にその名を刻む大海賊ふたりは黙々とそれぞれの画面に向かい続けた。

 だが、英霊とて根を詰めれば疲労はする。主に視覚へと重度の負担を強いられ続けており、ゲーム用ブルーライト対応眼鏡をそれぞれ装着しているのだが、無視できない眼精疲労に霞目、頭痛まで現れ始めた。

「……今日はここまで、だな」

 薄い銀縁の眼鏡を外して眉間を揉みつつバーソロミューがそう溢せば、太目黒縁フレームの上辺りを指先で捏ねる黒髭も溜息混じりに答える。

「そうですねー、ちょっとぶっ続けでやり過ぎましたわ。なので、」

 持っていたswitchをそっと置いた黒髭が、今度はモニターに繋がった据え置き機のコントローラーをバーソロミューへと差し出す。

「ひとバトルして今日は終わりにしましょ、バソ氏」

「ハッ、受けて立ってやるとも」

 一日の終わりは何かしらのゲームで雌雄を決する、が最近のお決りコースとなっており、バーソロミューも鼻で嗤いつつウキウキとコントローラーを受け取った。得意ゲームはそれぞれに違うが、同じジャンルを続けないという暗黙の了解が存在するため、勝敗は五分五分をキープしている。

 さて何ゲーにするかと、ぎっしりと並んだソフトを指差しで眺める黒髭の大きな背中に、あっと小さく呟いたバーソロミューが声を掛けた。

「そうだ、一つ賭けをしないか、黒髭」

 呟かれた内容は、バーソロミューの口から零れるには意外すぎる言葉で、目を瞬かせつつ思わず黒髭が振り向く。

「おやおや、海賊の癖に船での賭け事を禁ブラックバート殿が良いんでつ?」

「ここは海上でも私のロイヤル・フォーチュン号でも無いし、そもそもお前相手に規律を謳うほど私も馬鹿ではないのでね」

 両掌を上に向けて肩を竦めてみせたバーソロミューにはカチンと来たが、ゲームの最中に「これに勝ったら~」と突如賭けを盛り込む遊びは今までも取り入れて来ているし、何より勝率が上がる。それをバーソロミューから提案される日が来るとは思いもしなかったが、賭博の嫌いな混沌・悪など存在しない、というのが黒髭の認識で、ニンマリと性質の悪い笑顔を返した。

「そういうことなら喜んで乗ってやるよ、バート。で、何を賭けるんだ?」

「こういう時はお約束だろう? 負けた方が勝った方の言うことを聞く、だ」

「えー! バソ氏、拙者の身体目当てー? エッチな薄い本みたいことするんでしょう! ヤダー! サイテー!」

 お約束にはお約束を、ということで自らの腕で身体を抱き締めつつクネクネと身を捩って見せた黒髭のフザケて茶化した悲鳴に対しての返事は、至極冷静なバーソロミューの声だった。

「身体目当ては否定しないが、セックスが目的では無いことは伝えておこう」

「へ? どういうこと?」

 余りにも予想外の返答に、目が丸くなる。まず、そこは「ふざけるな!」とかキレて見せてのネタでは? というツッコミすら忘れてポカンとしてしまった黒髭に、バーソロミューはその見事に整った顔面を優雅に綻ばせた。

「お前を風呂に入れて洗わせろ。私の望みはそれだけだ」

「ちょっと何を言っているのか分からない、というか分かりたくないんでござるが」

 ニッコリと笑う整った顔を正気を疑う眼差しでマジマジと黒髭は見つめたが、バーソロミューの笑顔は微塵も崩れず、その海色の双眸もキラキラと輝いている。

 そんな動揺から回復出来ず、黒髭はあっさりと負けた。

■   ■   ■



 サーヴァントに宛がわれた居室の風呂は簡素なユニットバスだ。共同施設としてシャワールームも大浴場まで男女別に完備されているので、部屋のそれを使う輩は早々いない、の例に洩れず黒髭も殆ど使用したことがない。だが、何故だかこの部屋の主ではないバーソロミューの使用頻度が着実に増えていき、洗顔料だのボディローションだのといった品々が勝手に並べられている。

 解せぬ。

 感情や思考を渦巻く悪態やら罵倒は諸々にあるが、ひと言で纏めるとそれになる言葉を顔面に貼り付け、全身から醸し出させてもいるのだが、狭いユニットバスの浴槽に膝を抱えて座らざるを得ない体勢も状況も情けなくて、黒髭は口から漏れそうになる呼吸や呻き声を奥歯を噛み締めて耐えていた。

 それなのに、スポンジで肌を擦り泡だらけにしていくバーソロミューは楽し気に鼻歌さえ溢している。

「……何が楽しいんです、これ」

 堪らず、地を這うような低い声で訊いてしまった黒髭だったが、シャツの袖を捲ったバーソロミューの腕に促されて身体を前に倒す。背中を上下する感触が絶妙で、正直普通に気持ちが良いのが癪に障る。そんな黒髭の葛藤を顧みず、知っていたところで強行するに違いないバーソロミューは鼻で嗤いつつも、丁寧に肌を擦りシャワーで洗い流していく。

「常々不快でしかなかったお前の汚れと匂いを除去できる正当な機会を得たんだ、愉快に決まってるだろう」

「なら拙者がひとりで風呂って洗えば良かったのではー? と思うんでつが」

「そんな信用がお前にあると思うか? 普段から適当だからの結果だ、大人しく私に洗われていれば良いだけ、楽なものだろう」

 背中から脇腹を通過し、胸部にスポンジが回って来ても褐色の手は的確かつ丁寧な洗体を続けている。いつその動きがセクシャルなものに変わるのかと、身構えていたのがバカバカしくなり、黒髭は狭い浴槽に寄り掛かって身体から力を抜いた。

ついでにピッタリと合わせて閉じていた膝も広げると、すぐさまモコモコの泡が大量に脚の中心に落とされて「そこは自分で洗え」という指示も飛んでくる。面倒くせぇ、と小さく呟きはしたが洗わねばバーソロミューに洗われる、それも陰毛にシャンプーからコンディショナー、ヘアパックまで施すとか言い出しそうな気配を察し、黒髭は掬った泡をゴシゴシと己の股間に擦り付けた。

 ふわり、と鼻を擽った匂いがとてつもなく良い香りで、それが自分の下半身から香るという事実にげんなりしてしまう。

「お前の石鹸、スゲーいい匂いで逆に落ち着かねぇんだよ」

「そうだろう、そうだろう。爽やかなアクアノートに仄かに香るベルガモットなどのシトラス系に睡蓮が加わることで凛と引き締まった一品になっている、私のお気に入りだ。香りだけでなく保湿を始めとした美容成分も申し分なく、最近は洗いも仕上げもこのシリーズ一式だな」

 オタク特有の早口で説明されても、興味の範疇外では言語中枢が言葉と認識するのは難しい。とりあえず何故か自室の洗面所とユニットバスに揃えられていた青を基調とした瓶やボトルの正体が分かっただけだ。

 顔を洗う習慣すら、海の上では持てなかった。生前から色男かつ洒落者として名を馳せたらしいバーソロミューだってその点については大した違いは無かったと思うが、反動ってやつかな……という黒髭のぼやきは頭から被せられたシャワーに掻き消される。

「次、髪も洗うぞ。この導火線、邪魔だな……千切るか」

 宣言する前に湯をぶっ掛けて来たことに抗議しようとした途端、それなりの量の髪の毛を勢い良く引っ張られた。然して広くも無く、シャワーの湯気の効果により一層響くやすくなった空間に絶叫が響き渡る。

「いでででででっ! 禿る! バカっ! 解せ!」

「どうせ霊体化すれば戻るものにそんな手間を掛ける方が馬鹿だろう」

「だったら毛根から引っ張らないで、毛先で千切れ! 大雑把で不器用なの誤魔化すな!」

 海賊黒髭のシンボルとして表出している髪の毛に編み込まれた導火線は、確かにエーテルで構築された身体の一部なので直ぐに繕える。だが、確りと髪に編んであるからこそ、頭皮へのダメージは甚大だった。

 髪の毛どころか頭の皮まで剥がされそうな勢いに、バーソロミューの手を抑え込んで喚けば漸く頭部への吸引力が収まる。しかし、直後に「ブチっ」という容赦のない音が連発し、黒髭は顔を覆った。

 シャンプーらしき液体が垂らされ、それと一緒に髪の毛を掻き混ぜて泡立てていく手際は洗体同様、丁寧で心地よいのに、それ以外が雑。雑が過ぎる。自分の関心事以外にはまるで頓着しないのは、海賊らしくもあり、オタクそのものでもあり、バーソロミューだからと納得も出来てしまう。指の腹で頭皮を揉み込むのも、額と髪の境目を重点的にマッサージする手管も、掌全体で髪の毛を混ぜる感触も、思わず柔らかい吐息が漏れそうになるぐらい気持ち良いが、バーソロミューにされているからこそ黒髭の唇は強く噤まれたままだ。

 いいにおい、きもちいい、あったかい、

 溢してしまったら、絶対に調子に乗るのが目に見えるし、何よりこのバーソロミューしか楽しくないバスタイムが定例化されたら困る。絶対にごめんだ。

 なので、黒髭の顔を覆っての自衛は、ゆっくりと頭皮マッサージまでされた上にホットタオルで蒸されるといったヘアトリートメントからコンディショナーのフルコースまで徹底され、乾いたタオルで軽く拭かれた後、バーソロミューの指先が顔のラインを覆う髭に触れて来たところで漸く解除された。

「髭を剃っても?」

 顎を取られて上を向かされた状態で覗き込んでくるイケメン面が、そう言うだろうことは髭を撫でられた時点で分かっていた。そして注がれる蒼眸の色の濃淡で、その真意もある程度は察することが黒髭には出来る。

「拙者のアイデンティティーに踏み込まないでくだちい、こればっかりはNGでござる」

「仕方ない、洗顔だけ念入りにするか」

 唇を尖らせてブーイングすれば褐色の手はあっさりと黒髭から離れ、青いチューブから出した洗顔料を熱心に擦り、泡を作った。どうやったらそんな綺麗なモコモコが? と魔法だと言われた方が納得出来る気持ちで眺めていた黒髭の顔にその泡を分散させてから、バーソロミューは優しい手つきで肌を撫でる。傷の走る鼻筋や目許は指先でクルクルとマッサージされたが、他は泡を潰さないようにでもしているような滑らかさで擽るだけで、気持ちは良いのだがなんとなく居心地が悪く、腰の辺りがむず痒くすらなった。

 髭も洗髪時の手法が施行されやしないかと少しドキドキしていたが、顔に直接シャワーが当たらないように流された後にまたもホットタオルで覆われてからのタオルドライ、といった流れで終了する。

「終わったぞ」

 短く伝えて来るバーソロミューの声にパチリと目を開けると、それを紡いだだろう唇が迫っていて、チュッと額が鳴らされた。

 押し付けられ、軽く啄むだけのキスでも、そこに篭った熱が簡単に伝わる。

「セックス目的じゃない、ってのたまったのはその口だと思うんでつけど」

 顎を上げたままの姿勢で見上げつつ指摘した黒髭だったが、バーソロミューは予想通りに優美に綻ばせた唇を直接肌へと落とし、返事をした。

「予定変更なんて良くあることだろう? 好みの匂いに仕上げたお前を私で上書きするのも一興だと思ついたら、下腹部に熱が溜まってきてね」

 口先だけ整った言い訳は罵るのも忘れるほどの白々しい物言いで、丁寧に洗われた髭の奥で口許が歪む。だがそんな傲慢さもお互いの霊基に刻まれた生き様ゆえに、黒髭は腕を伸ばしてバーソロミューのくせっ毛の頭を抱き寄せ、ニヤついてしまう唇が奪われるのを急かした。



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