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bh20190515

STAY FRIENDS/久住


「はじめてーのー」 「ちゅう」 「…君と?」 「ちゅう」 「――うん、分かった任せろ」  ガタンと些か荒々しく席を蹴立てる音。めちゃくちゃに生返事をしていたので、さてはて何の話をしていたんだっけかな?と首を捻る。うーん、無意識過ぎて覚えてませんな。  まぁどうでもいい話題だったんだろう。そんなことよりも待ちに待った最近の拙者イチ押しコミック『落ちこぼれの俺が異世界転生したら女体化♀した上に百合姫騎士をやることになるなんて?!』の最新刊を読み進めたい。導入なんかはよくあるタイプの異世界転生ものなのだが、途中で入ったテコ入れ以降、展開がなかなかの独自路線で面白いのだ。あと登場人物――特におんにゃのこたちが文句なしに可愛い。主人公にぞっこんなところもいい。変な間男とか出てこないし。  ムフフフ~と鼻の下を伸ばしてページを捲る。この巻では中ボス的なキャラとの対決がいよいよクライマックス! これには読んでいる読者のテンションも上がるというもの。  老獪な策をし掛けてくるボスに打ちのめされ、挫けそうになりながらも健気に再び立ち上がる姿。ん~ん、最高ですなぁ。ついでに攻撃を受けて適度にイヤン♡な感じに破れた衣装もいい。このエロいけどイヤらしくない絶妙なラインがとてもいい。  にっこにこのにこでページを次へと捲ろうとした……その時、不意に伸びてきた手がむんずと単行本を引っ掴んだ。あっと思う間もなく手の中から奪い去られてく。 「てめぇ何しやがるバーソロミュー!」  そんな無法を働く野郎は一人しかいない。というか、そもそも拙者の部屋で二人でだらだらオタ活をしていたのだからバーソロミュー以外だったら軽くホラーである。  がばりと体を跳ね起こして背後を振り返ると、俺が寝転んでいるすぐ後ろにバーソロミューが立っていた。表紙を一瞥してからぱたりと閉じて、コミックスは脇の机に置いておかれる。おいおい人の読んでたもんを取り上げてんじゃねぇよ、何様のつもりだ。  じろりと睨み付ける俺。全く気にする素振りのないバーソロミュー。それどころか奴は、そうするのが当然だとでもいうようなナチュラルさで体をぐっと倒してきた。そう、丁度俺に覆い被さるようにして。  距離感が縮まる。ちょっと近付き過ぎなくらい、に。 「――ッ痛い…! 何をするんだ!」 「こっちの台詞だ戯け! 何をしようとし腐ってんだてめぇは!?」  結構強かにぶん殴ってやったというのに、バーソロミューはすぐに復活してきた。やだ~生き汚い。ガッツスキル持ってないんだから素直に沈んどいて、どーぞ。  俺の拳の当たった頬に少女漫画のように手を当てながら、バーソロミューがぶすくれた顔を向けてくる。かわいこぶってんじゃねぇよ三十路通り越したいいおっさんが。お前がそんなポーズしたって可愛かねぇんだバーカバーカ。 「何ってちゅうだが」 「……ちゅう」 「ちゅう」  ネズミの物真似でもしているかのように二人で一頻り繰り返す。  え、ちゅうってあの“ちゅう”? 要するにキス? なんで?? 「巫山戯んなアホ。なんでお前とキスなんぞしなきゃなんねぇんだゲロゲロ~」  嫌で~す、と戯け半分に拒否しておく。  あーびっくりした。そんな空気でもなかったのに急に迫ってくんの。そういう病気の人? 殺してでも絶対治すマンこと婦長呼ぶ?  全くもう、嫌になっちまう。折角楽しい読書タイムを満喫していたというのに。  しかも、バーソロミューと俺は別に付き合ってるとかそういう仲じゃあない。そりゃあたまに気分が乗った時にはヤることヤったりもしてるけれども、単にそれだけだ。セフレという関係ですら未満なんじゃねぇかと俺は思っている。いいとこがオタ友だ。  だからキスなんて真っ平御免である。相手がかわゆいロリ美少女とかなら兎も角、そこにいるのは190近いおっさんなのだ。そりゃあちょっとばかし顔はいいのかもしれないが、野郎の顔なんて幾らよくても俺は何も嬉かない。寧ろ視界に大写しになるとかなりムカつく。 「別にいいだろうキスの1回や2回くらい。何回セックスしてると思っているんだ」 「いやよかねぇですけどォ?! つーかなんでそんな急にキスしたがってんの怖い。フツーに怖い。そういう奇病?」 「相変わらず全力で失礼だなお前は。……先日イアソンと話していたんだが、」  バーソロミューは別に頼んでもいないのにつらつらと経緯を説明し始めた。  何でも、同期で飲んでいたら恋愛関係の話になったんだそうだ。切っ掛けはイアソンのメディアに対する愚痴。そこから自分のいい相手の話に発展し、何だか女子会のような話題に暫く花を咲かせていたらしい。バーソロミューとイアソンは低レアサーヴァントが一気に霊基一覧に新規登録された時に殆ど同時にカルデアにやって来た上に、この間のアトランティスでのこともあり、それなりに交友関係を築いている。  別に誰と仲がいいとかそういうことに口を出す気は更々ないが、変なネタを仕入れてくるのは本気で止めてくれ。被害を受けるこっちの身にもなれってんだ。  とは思いながらも口を噤んでいると、バーソロミューの話は軽快に先に進んでいく。俺のことなんて一切お構いなしである。うん、拙者知ってた。  曰く、ヤってはいるけど一度たりともキスはしない関係というのは付き合っているとは言えない、と言われたと。  そらそうだろ。というかなんでさらっと俺とのことを色恋沙汰みたいに話してんだお前は。俺たちそういう関係じゃないでそ? いけたとしても悪友とかがギリギリのラインよ。お付き合いとかそういうのはちょっと……お前メカクレフェチのド変態クソ野郎だし……。  ドン引きしている俺を余所に、バーソロミューはぐっと拳を握り締めている。如何にも憤懣やる方なしという雰囲気だ。 「散々擦れ違った挙げ句に嫁に魔神柱にされた奴なんかに“お前の恋愛観おかしいぞ”だなんて言われたくないんだ私は…!」 「えぇ……拙者も性癖から真名バレた奴にちゅうとかされたくないんでつけど…」  もう理論がめっちゃくちゃである。そんなよく分からん理由が出発点で“じゃあキスすればいいんだな”って結論に辿り着くことなんてあるぅ? 折々思ってたことだけどやっぱりこいつやべーよ。封印指定とかそういうの考えた方がいいと思う、ほんと真面目に。  やれやれ、と首を振る。たまに自分でもこいつと親しく付き合えてんのが心底不思議になる。同時代に海賊やってた野郎だからふんわりした感覚は合うし、気も置けねぇのは確かなんだが。……確か、なんだがなぁ…。  キスする件を全く諦めていないらしく、バーソロミューはまたじりじりと俺へと距離を詰め始めている。おいおい本当に執念深ぇな。俺の知らない間にスキル改修来てガッツ付与追加されたのか? 「イヤーッ、来ないでっ! 誰か助けて変態よォ~!」 「気色の悪い声を上げるな!」 「やだ〜〜〜っお前とキスするくらいならモブおじさんに掘られる方が幾らかマシだ畜生ッ」  そんなこと軽率に言っていいのかと言われれば、拙者を掘りたいモブおじさんとか稀有中の稀有過ぎて見付かんないからモーマンタイと答えるのが世の情け。  いやでもバーソロミューとキスすることを考えたらそっちの方が本当にマシに思えてくる。最悪ぶっ殺したら全部なかったことになるし色々と楽だわ。拙者時には脳筋パワープレイもあり、寧ろ正義とすら思ってる節もある侍と申す者。以後お見知り置きいただきたく。  トランポリンの如くベッドの上でジタバタ跳ねる俺。詰め寄ってくるバーソロミュー。絶体絶命もいいところで泣きたくなってくる。ぴぇん。推してる作品の新刊を読みながらまったり過ごす筈のオフの昼下がりがなんでこんなことに。 「ええい煩い観念しろ! ファーストキスでもあるまいしっ」 「エッ」 「――えっ?」  暫し、二人の間に気拙い沈黙が横たわる。  バーソロミューはそれはもう凄い顔をしている。何なのお前。拙者何も変なことは言ってないんでつけどぉ~。 「……黒髭がヤリチンではなかった世界線がある…だと…?」  いやそんな卍解かましてきそうな顔で言われても。  あと別に流石に生まれてこの方人生初とかそういう訳じゃないからね? そこんとこ勘違いしないで? 割とどこの拙者もそこそこきちんとリアルの女に幻滅してると思うんで。  はぁ、と溜め息が口を突く。なんで俺がこいつの為にいちいち明確な言葉にしてやらなきゃいけねぇんだ。こんなのは全く柄じゃあないってのに。 「………えと」 「は?」 「だからお前とは初めてだろうが…ッ」  というか鯖生上でももしかして初めてかもしれない。いやかもしれないじゃねぇな、普通に初めてだわ。そういう意味ではファーストキスだったわ。えっやだどうしよう。  はゎわぁ……とマブダチJKのなぎこっち直伝のきゅるるんぶりっ子ムーブをかましてみたりなんかしつつ、その実俺は真顔である。ある意味正真正銘の初めてのちゅう。動揺しない筈もなく――?!  声もなく一人百面相を披露する俺の傍らで、バーソロミューもまた無言だった。ただこっちは何というか挙動不審感満点仕様で、口元を覆ってぶるぶると小刻みに震えている。うーんこのキモさよ。流石はその気持ち悪さで俺を震撼させた割と稀有な存在。  何度か息を吸って、吐いて、バーソロミューは気持ちを落ち着けようと全力を尽くしている様子だ。何だよ、笑いたきゃ笑え。そういうのに俺はナイーブになってんだ。恋とか愛とかそんなもんからは全面的に身を引いた。今はただ楽しく趣味を謳歌出来ればそれでいいのだ。  いいもんいいも~ん、と唇を尖らせる。そんなことをしているうちに、バーソロミューは再び俺に手の届く距離にまで躙り寄ってきていた。凄いよね、このしつこさ。セックス中も割とこんなだから嫌になるのよね。  不意を突かれないようにはしつつ、斜め上70度くらいの方向に意識を逸らす。こいつに真面目に付き合っていたら俺の精神が保たない。割と早々に白旗を上げる羽目になってしまう。 「……これは至極真面目な交渉なんだが」 「あ?」  しかし、バーソロミューの口から飛び出したのは割に落ち着いた、素面そうな声だった。思わず意識が引き戻される。マットレスの上から仰ぎ見た奴の顔は、レイシフト前のブリーフィングを想起させた。要するに、クソ真面目な表情だったのだ。 「任意の周回を50回代わる。勿論マスターの丸め込……、事情説明は私がいい感じにする」  ちょっとぉ、本性漏れてる本性。途中で面倒臭くなって言葉選ぶの適当になんのも止めなさいよ。無駄にキリッとしたんだったら最後までやり通せ馬鹿。  ……それにしても。 「お前そんな拙者とちゅうしたいの…」 「したい」 「食い気味でくんな怖ぇから。あーもー、あー…」  呻きながら頭を抱える。拙者ってば、召喚の時に中立・善でTHEいい子チャンなマスターにちょっぴり引っ張られてるから、ナチュラルな状態よりほんのすこーし少しだけ押しに弱いのよね。特にド直球なやつには。それにその直球をぶつけてきやがるのが選りに選って、割と仲いいめな輩ときているし。 「――100回」 「60回」 「…えー、もう一声」 「……75回」 「んー? ん〜…まぁそんでいっか」  本当はもっと粘れるのだが、こんなことで真剣に交渉するのも阿呆らしくなってきて自分から折れる。  うちのマスターってばイベントでもない限りリンゴ齧って延々周回する勢じゃないんで、75回は結構な回数なのだ。しかも任意とか言ってるんでニチ朝とか深夜の一挙放送とか、拙者がど~しても周回行きたくない!時の生贄として使えるという訳だ。割と美味しい。その代わり俺の幼気な唇の純血は奪われる訳だけども。  ぐったりと体を投げ出すと、バーソロミューがいそいそと近付いてくる。気が早いっつーの。まぁ確かにこのタイミングでされなきゃ上手いこと煙に巻くよ? 出来ることならしたくないし。 「やっ……優しくしてね…ッ♡」 「黙ってろ馬鹿」  素気ないにも程がある一蹴をして、バーソロミューがいよいよ近付いてくる。視界にご自慢のお綺麗な顔が大写しになる。あぁ殴りたい。今すぐ視界からサヨナラさせたい。だが取り引きをした以上は一応我慢……我慢しなくては…。  何となく居心地が悪くて口をもにょもにょさせながら待つ。そんな俺の顎髭を引っ掴んで、バーソロミューは二人の顔の距離を益々近付けていく。痛いっつーの。何で俺のアイデンティティーをいちいち引っ張るのお前は。優しくしてって言ってんでしょ。 「…目くらい閉じたらどうなんだ」 「やだぁ何されるか分かんないもんっ」  戯けでもしないとやっていられない。ついでに外方を向いてやりたかったが、がっつり髭を握られていて無理だった。何でそんな時間を掛けんの。さっと終わらそ、さっと。  そんな俺の切なる願いを聞き届けたのか、遂にバーソロミューの唇が俺の唇へと触れた。  ファーストキスの味は仄かなレモンの……なんてことはなく、普通におっさん同士の乾いた唇が触れ合っただけだ。ロマンチックなことなんてなーんにもない。下手をしたら記憶に残るかどうかも分からない程度の軽い接触に過ぎなかった。  ――までは、まぁよかったのだ。  一旦離れた口がもう一度同じ位置に戻ってくる。おいコラ俺は何回もしていいなんて言ってねぇんだが? 「っ何してやが……、んッ…」  文句を付けてやろうとして開いた口にぬるりと舌が入り込んでくる。タイミングがタイミングだっただけに痛そうな感じに噛んでしまったというのに、バーソロミューは微かも怯まない。というか寧ろぐいぐい来る。体を押し返そうとしてみるもののビクともしない。バソ氏ちょっ……凄い力だ!! こいつ☆1の癖にっ。  バーソロミューの下で体を藻掻かせる。だが抵抗が碌に抵抗になっていない。殆ど完全に抑え込まれている。初期体勢の不利がここで滅茶苦茶に利いてくるとか、そんなのありぃ? 「、バート、おい…っ」  呼吸の合間に声を上げる。それを綺麗に黙殺される。この野郎。  間近から見た瞳には濃厚な欲情の色が揺らめいている。おいおいおい聞いてねぇぞ、何勝手に盛ってんだ馬鹿。ちゅうしたいとかリアJCみたいなこと言ってたテンションはどこ行った。ファーストキスから流れるように手を出してくるなんてサイテー!  心中で罵りまくりつつ押したり引いたりしてみるが、うーん……これ割とどうしようもねぇな。逃げ出すの無理ぽ。  あーあ、ドアのロックって掛けてたっけなぁ。拙者の部屋とか基本的に誰も尋ねてこねぇからまぁいっか。  緩やかに脱力すると、部屋着のTシャツの中にバーソロミューの手が本格的に入り込んでくる。腰の辺りをぞろりと撫で上げられたのに微かに体を震わせて、俺はもうどうにでもなーぁれ☆と自暴自棄気味に抵抗と思考を全放棄した。 ◆ ◇ ◆ 「ねーねーひげくろ、バーソロミューと何かあったの? 最近めちゃくちゃギクシャクしてない?」 「はぁ? してねーしマスター目ェ節穴なんじゃないですぅ? 野郎とじゃちっとも嬉しくねぇけど仲良しこよしでごじゃりまつ~」 「ああ成程、仲良し♂を隠す為の不仲営業か、察し。ごめんごめん野暮なこと訊いて」 「あぁん?! 違いまつけどォってやだ距離取らないで拙者たち絆12の仲でしょ…!」 「いやぁお熱いお二人さんの邪魔しちゃ悪いなって。ほらバーソロミューこっち見てるし。末永く仲良く♂ね~」 「あっクソ逃げんなほんとそういうんじゃ……、誰だよマスターを腐に目覚めさせた戯けはよぉ! ぴぇん!!」 〈END〉

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