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bh20190515

大海賊の首が落ちた日/なな



 然程広くはない部屋に整然と並べられたフィギュア、プラモデル、ソフビ、ゲーム、漫画。ベッドの下には厳選されしムフフ本。ここはカルデア一の古参オタクである黒髭――エドワード・ティーチの部屋である。  部屋の魔改造っぷりでいえば周知の事実の通り刑部姫の部屋の方が上ではあるが、如何せん黒髭の部屋はオタク的なものに加えて脱ぎ散らかした服、武器、丸まったティッシュなどが床に落ちていることがままある。  家具は刑部姫やその他自由過ぎるサーヴァントたちと異なり備え付けの物をそのまま利用しているので、床に落ちている物さえ無ければ案外普通の部類に入る部屋なのだが……ただ単純に散らかっており、誰の目から見ても不潔であるということが問題なのである。  一応黒髭本人の言い分としては漫画は巻数通りに並べる、えっちな本は皆の目に付かない様に隠す、フィギュアには埃が積もらないように気を付けるなど気を付けている点も多々あるのだが、あまり理解されることはない。  さて、肝心のこの部屋の主はというとベッドで白い布団をしっかりと被って寝息を立てていた。さらにその横に頭がもう一つある。潮風でバサバサになっている黒髭の髪の毛とは異なり、手入れがしっかりされているであろう黒茶色の癖毛はバーソロミュー・ロバーツ。こちらは身体半分程布団からはみ出ている。  それもその筈、このベッドは王様サーヴァントたちがどこからともなく持ち込んだキングサイズのベッドとは異なり、何の拘りもない備え付けのシングルベッドだから。ただでさえ狭いのに成人男性が二人並んで寝ているのであればこうなるのも当然である。  だがそもそも何故この二人が一緒に寝ているのか――黒髭はともかくバーソロミューは事ある毎に黒髭の悪口を言っているというのに。  脱ぎ散らかされた服と散らばったティッシュ、同衾しているという状況からして十中八九こいつらはセックスでもしたのかと考え、それと同時に流石に有り得ないだろうとも思うだろう。しかし残念ながらとでも言うべきか、その誰しもが真っ先に思い浮かべるであろうことが正解なのである。  互いに口さがなく罵り合っている一方で一緒に居て居心地が良い、顔も性格も気に食わないが身体の相性は良い。そんな理由を付けながらもバーソロミューがカルデアに来る前から気が向いた時は一緒にアニメの鑑賞会を行い、ゲームで対決し、セックスをするという関係がだらだらと続いていた。  さて、身体が冷えて意識が浮上し始めたのか、バーソロミューはぐいと布団を己の方へと手繰り寄せた。その時である。何か重いものが落ちるようなゴトンという音と、その直後に黒髭の呻き声のような悲鳴が部屋に響いた。 「ちょっとバソ氏! 痛いんでつけどぉ!?」 「煩い……ベッドから落ちた位で騒ぐな」  バーソロミューが確認するまでもなく、そう唸り声をあげるのは当然だった。横に居た筈の黒髭の気配は無く、先程の落下音と声は床の方から聞こえてきた。更には何度かバーソロミュー自身もベッドから落とされたことがあるからである。  こんな狭いベッドで一緒に寝なければ良いというだけなのだが、仮眠を取ってから部屋に帰るつもりが気付けば朝というパターンが多く、意図せずこうなっているだけだという。  最悪な朝の目覚めにバーソロミューは眉間に皺を寄せながら身体を起こした。彼は単純に朝のシャワーを浴びる為に起き上がったのだが―― 「なぁ黒髭……お前身体どうしたんだ?」 「は? 何言ってんだテメェが昨晩散々……あれ」  バーソロミューの目は見る見るうちに見開かれ、つい先程まで不機嫌そのものだった表情は困惑に満ちたものになる。その顔を見て、今度は黒髭が怪訝そうな顔になった。それもその筈。 「起き上がれないんでつけど」 「そうだろうな。因みに今自分がどうなってるか分かってるかい?」  黒髭は頭を振ることすらせずに暫し無言となった。そして痺れを切らす直前にバーソロミューは端的に告げる。 「お前、身体が無いぞ」 「……何て?」 「そのままの意味だ」  そう言い放ってバーソロミューは黒髭の髪の毛を掴むと、立ち上がって歩いていった。といっても狭い室内である、三歩も歩けばバーソロミューのお目当てのものに辿り着いた。  バーソロミューの目的は洗面所にある鏡だった。当然口頭で説明するより実際に見せた方が早いに決まっているのだが、それに大写しになったものは黒髭の想像を絶する程に言葉通りのものだった。  黒髭の首から下が綺麗さっぱり消えて無くなっている。 「はぁああああ!? 何で、えええ? これドッキリとかじゃなくてマジで!?」 「大マジだ」  そう溜め息を漏らしながらバーソロミューは黒髭の頭を両手で持ち上げて観察を始めた。ライダークラスであり、ただの大海賊であるバーソロミューが見ても無論何か分かる訳では無いが、これは単純に興味本位での行動である。  本来であれば血で塗れ、骨だの肉だの飛び出ているはずの断面はサーヴァント退去時の金色の光にも似た光で包まれており、触れると何故かつるりと滑らかな感触だった。サーヴァントは人間と比べたら死ににくい身体であるとは言え、切りつければ血は出るし本来は首を落とせば本来なら死――もとい座へと還される筈であるが。  黒髭の頬を抓ると痛がるので夢ではないし、まれにマスターと共に飛ばされるという謎の時空にも見えなかった。つまり単純にマスターやダ・ヴィンチたちに相談しに行った方が良い状況なのだろうが。 「拙者の断面見るだなんてバートのえっち! ッ痛ぇ!」  当人が巫山戯る余裕すらある状態である。バーソロミューは色々とどうでも良くなったといった呆れ顔をしながらベッドへと黒髭の首を放り投げ、五分待てと言い残してそのままシャワールームへと消えて行った。   さて、シャワーを浴びて着替え終えたバーソロミューは文句を垂れる黒髭の髪の毛を再び掴むと管制室へと向かった。頭の持ち運び方で揉めながらも無事ダ・ヴィンチのところへと黒髭の頭を持ち込みはしたが、端的に言えば原因不明。 「考えられる理由としては、ちょうど今日がエドワード・ティーチの命日ってことくらいかなぁ」 「黒髭の命日……首を切られたんだっけ?」 「はい、一説によると海に捨てられた身体が首を求めて船の周りを三周ほど泳いだとか」  様々な端子に繋がれた黒髭の首を囲ってマスターとマシュも首を捻ったが、明確な答えは出ない。黒髭はカルデアの中でもかなりの古参組ではあるが、今までこの様なことは一度も無かった。  また、誰かがまたひょんなことから聖杯を手に入れて微小特異点を発生させてしまったという良く有るパターンであるにしても、黒髭の首だけ残していくのも可笑しな話だというのが全員の見解である。 「首を持ち去ってくっつーならまぁ納得出来るんでつけどねぇ」  本人の言う通り、命日という理由でこの様な状況になっているのであれば、身体だけが残されている方が自然である。いずれにせよ生首が元気そうにしている時点で異常ではあるのだが。 「でも一番不思議なのはパスにもバイタルにも問題が無いってことなんだよね、逆に気持ち悪い。……案外明日になったら治ってるかもよ?」 「酷ぉい! そんな風邪じゃないんでつから、ッ……急に痛ぇんだけど何なのこれ。刺されたり殴られたりしてるような?」 「あ」  声を漏らしたのはモニターと睨めっこしていたダ・ヴィンチだった。それと同時に黒髭は明確に痛い! と叫び声を上げる。 「ステータスが戦闘中になったのと、ダメージ結構食らってっちゃってるね」  あちゃー、と漏らしながらもダ・ヴィンチの指先は淀みなくパネルの上を行き来している。やがてカルデアの見取り図が表示され、赤い光点が二箇所表示された。一つはこの管制室、もう一つはここから少々離れた廊下で僅かに動いている。 「命日、という説は当たっているかもしれないね。元々生き汚いコレのことだ、身体も動いて大方エネミーと勘違いされているんじゃないか?」 「うるせー! ねぇマスター! 拙者今ガッツ発動したような気がするから早く助けて欲し、アッ-!」 「分かった、マシュ! バーソロミューも!」  二つ返事で管制室から飛び出して行ったマスターとマシュに続いて、バーソロミューも後を追う。念の為にとダ・ヴィンチから投げ渡された黒髭の頭をバスケットボールのように鷲づかみにしてマスターたちを追い越して駆けていった。 「ねぇ拙者の扱いが雑なんでつけどぉ!? そんな馬鹿力で握られたら拙者の頭割れちゃう!」 「黙れ! もしお前の身体が部屋から脱走したとしたらどうだ? お前はヤった後に服をわざわざ着るタチか?」  バーソロミューは黒髭の首を少々己の口元へと近寄せて声を潜めてそう告げた。黒髭はそれに対し、明後日の方向へと視線を向けることで応答する。見事なまでのしらばっくれ方はバーソロミューの心配していることをそのまま肯定しているようなものだった。 「ただでさえ不潔で見苦しい身体が全裸で歩いているだなんて、麗しいメカクレのお嬢さんたちやマスターの目には絶対に映してはならない。まぁ安心しろ、もしそうであれば責任をもって私が引導を渡してやるからな」 「は!? テメェ散々俺のぷりちーぼでぃに興奮してしつこく抱いてきやがる癖に! もう抱かせてやらねぇからな!」  その時だった。壁でも壊れたかの様な破壊音が響き、黒髭の首は何やら再び痛がり始めた。幸いと言うべきか音の発生源は近く、角を曲がれば辿り着くことが出来た。  まず目に入ったものは見事に破壊された壁。これは数ヶ月に一度は目にする光景である。  次にレオニダス一世、李書文。彼らの矛先には探し求めていた黒髭の首から下――二人に追い詰められて正に絶体絶命といった様子の身体だった。  バーソロミューと黒髭の首の心配を余所に、意外と言うべきかそれは下着どころかきちんとパンツを身に着け、ブーツまでをも着用していた。ゲームをする時に着ているTシャツ&ジーンズと比べれば、かなりまともな格好をしている部類だろう。  しかし格好に問題が無かったとはいえ、黒髭の身体が危機的状況に貧しているという事実に変わりはない。 「待ってー! それ拙者の身体、ッはああ!?」  その身体目掛けて飛んでいったのは黒髭の首。バーソロミューがハンマー投げよろしく黒髭の髭を掴み、勢い良く放り投げたのである。その様子はマスターの出身国の国民的なパンのアニメか、はたまた平将門か。  いずれにせよ黒髭の身体を今にも貫こうとしていた二人のランサーの意識は逸れ、その手は止まった。 「ひぃい! お化け!」 「ッ……穿てば死ぬ、穿てば死ぬ……撒き死ねぇ!」  しかしそれも一瞬のこと。素早く気を取り直した李書文が再び槍を構えようとした、その直前にマスターの声が響き渡った。 「令呪を以て、止まって!! ごめん二人とも!」  魔力が小さく爆ぜるかのようにマスターの右手が輝き、今にも黒髭の身体を串刺しにしようとしていた二人のランサーはガンドを喰らった時のようにビタリと止まった。一方で黒髭の身体へと向かって投げられた首は身体に避けられ、そのままごろりと床へと転がっていく。 「どうした黒髭、身体にまで嫌われているじゃないか」 「うるせー投げるなボケ」  彼方此方に散らかる壁の欠片、疲れ果てたのか瓦礫が無い辺りでよっこらせーと声が聞こえそうな程思い切り転がり込む黒髭の身体、硬直は解けたものの黒髭の身体とも首とも距離を取るレオニダス一世と李書文、雑に転がる黒髭の首、更にマシュに担がれて現れたマスター。現場は混乱を極めていた。  唯一バーソロミューは黒髭の首を投げた後何事も無かったかのように立ち尽くしていたが、最終的に黒髭の首と身体はバーソロミューに預けられることとなった。 「ってことで明日になったら復活するとはいえ、令呪まで使っちゃったからさ……問題解決するまで部屋で待機してて欲しいんだ」  頼めるのはバーソロミューしかいないんだ! とわざわざ両手を合わせて頭を下げるマスターをぞんざいに扱うバーソロミューではない。コレを主にメカクレ系サーヴァント達の衆目に晒すのは良くないという考えのもと承諾し、黒髭の部屋へと戻ることになった。  じゃあよろしくねと管制室へと戻っていくマスターとマシュを見送り、哀れなことに瓦礫の片付けをする羽目になったレオニダス一世と李書文に見送られ。バーソロミューは小脇に黒髭の首を抱え、もう片手で黒髭の腕を掴んで歩いて行った。  不思議と魔力供給は滞りなく出来ているらしい黒髭の身体は、気付けばある程度自然回復していたらしく出血は止まっていた。それにあの二人に対して善戦をしたらしく、想定していたよりずっと怪我は少なかった。  更に黒髭の身体は(首に向かって中指を立てるなど下品なハンドサインはしているが)大人しく、バーソロミューが腕を引いて歩くのに抵抗もせずに歩いていく。首の方がバーカバーカ! と身体に向かって悪口を言う始末だ。 「喧しい、静かに出来ないのか」 「うるせーこんなの黙っていられるか! はー何で男に担がれなきゃならねぇんだ、せめて可愛い女の子が拙者の首をぎゅって持ってくれたら良かったのに……あ、新ジャンルじゃね? 興奮してきた」 「あまり喧しいとお前の口にねじ込むぞ」  何をとは言わないが、黒髭の表情は一気に分かりやすくドン引きしているというものへと変化して、そのまま黙りこんだ。何にせよ碌なことではないと黒髭も分かり切っているし、バーソロミューも黒髭に対しては全く遠慮というものが無い。忠告をしただけ優しい方である。  さてそれ以降はスムーズに進み、黒髭の部屋へ。バーソロミューと黒髭の首はこの部屋を出てから一時間も経っていないが、漸く戻ってこられたというのが全員の感想だった。黒髭の身体の意見は聞くことは出来ないが、人心地が付いたという様子が見て取れた。  椅子も無いのでバーソロミューも黒髭の身体も自然にベッドへと座り込み、その間に黒髭の首が鎮座する。 「何この状況」 「そんなこと私が聞きたいさ。何故お前にこんなにも振り回されなければいけないんだ」 「拙者は悪くないもん。身体が勝手に脱走しただけですしおすし!」  バーソロミューは改めて黒髭の首を持ち上げて睨み付けたが、当然何の意味がない。腹が立つのは首の方だが喧嘩する身体が無い。  ついでに逃げ出した身体の方にこうなった原因を尋ねようにも喋る為の口が無いし、何よりも身体が理由を知っているとも限らない。  黒髭の身体は頭と同様、本来グロテスクな断面である筈のところから金色の光が漏れている。そこに黒髭の頭を乗せようとバーソロミューは試みたが、やはり先程同様嫌がって首をガードし、頭を叩き落としてくるだけだった。 「お前の身体は首を求めて船の周りを泳ぎ回ったのだろう? それなのに何故こいつは首を拒否するんだ」 「そんなの拙者が知りたいでつぅ。身体が何考えてるかなんて俺が分かる訳無ぇだろうが」  生首が溜め息を吐き、布団の上に転がされるままになっている様はかなりシュールだ。そんな首をバーソロミューは先程より幾分か優しく両手で抱き上げて視線を合わせ、真面目な表情で首と身体を交互に眺め始める。  仮に第三者がこの場にいれば、バーソロミューは黒髭のことを心配しているように見えたかもしれないが、無論そうではない。  これはバーソロミューにとっては真面目に考えた上での発言をする前振りだが、黒髭に言わせれば碌でもないことを言い始める前兆である。 「このままでも良いんじゃないか?」 「何言ってんだテメェ」 「首だけなら嵩張らないし、メカクレにだって出来るだろう? 僅かにいつもよりイケメンに見えるぞ」 「知ってたけど本当に悪趣味だよなお前」  黒髭の前髪を片方だけ下ろしながらそう宣うバーソロミューに対して黒髭は冷たく接したが、バーソロミューは止まらない。寧ろ勢いづいて幾分か早口になりつつある。 「それに身体だけというのも、広義で捉えればメカクレだと言えるのではないか? それに身体があれだけ首を拒否するんだ、実はアレはお前の身体ではないかもしれない――つまりシュレディンガーのナイスメカクレである可能性が」 「馬鹿だろテメェ!」  この発言に対しては呆れる首と共に、先程まで大人しかった身体までもが拳を握ってバーソロミューを殴りつけてくる始末だった。このガサツさは黒髭に違いないとバーソロミューはすぐさま考えを改めさせられることとなった。ついでに仕組みは不明だが、この身体も見聞きすることだけは出来ると発覚した。 「まぁ冗談はさておき……折角だから色々と試してみたくはないかい?」  テメェ真面目に言ってただろうが死ね、とブチブチ文句を垂れる首の意見を無視し、バーソロミューは唐突に黒髭の首を壁の方へと向けて置き直した上で唐突に黒髭の身体を押し倒した。 「あ? 何しやがんだテメェ」  バーソロミューはそれに答えずに胸へと手を滑らせると、黒髭の身体は特に抵抗はしないどころか、驚くべきことにバーソロミューの腰に手を回してきた。通常の黒髭であれば相当気分がノっている時にしかやらない行為である。  一方で首の方は視界は壁だけ、僅かにベッドが軋んだ音が聞こえるだけなのか、何をされているのか分からない様子である。何なの!? などと騒ぎ立てはするが文字通り手も足も出ない状態に困惑しているようだった。 「成る程、首と身体はある程度独立しているようだね」  機嫌良く独り言ちながらバーソロミューは更に黒髭の乳首を摘まみ上げ、そのまま胸毛が疎らに生えている胸元へと口付ける。  それに対して黒髭の身体はビクリと身体を震わせていたかと思えば、まるで恋人に甘えるかのようにバーソロミューの腰を撫で、手探りで腰に巻いているスカーフを解き始めた。幾度と無く身体を重ねてはいたが、この様にされたのはバーソロミューにとって初めてのことだった。  あまりのことに黒髭に見られようものなら気持ち悪い! と文句を言われるであろう笑みを浮かべ、バーソロミューは思わず呟く。 「面白いな、これが“身体は素直”というやつか」 「おいバーソロミューテメェ何してやがる!? 何してるか知らねぇが拙者の身体も抵抗くらいしろ!?」  いよいよ黒髭の首は壁に向かって虚しく叫んだが、身体の方は聞く耳を持たず――身体の方には耳が付いていないが――より一層バーソロミューに媚びるように次は脚を絡め始めた。  普段であれば確実に有り得ない事態である。 「フフ、見ての通り身体は喜んでいるよ。見るかい?」  そう言いつつバーソロミューは先程壁際に向けた黒髭の首を再び回転させ、身体の方へと向けた。完全にバーソロミューに対して甘える仕草をみせる己の身体が嫌でも目に入る方向である。  黒髭の身体は然程器用では無いらしく、漸くバーソロミューのスカーフが外れただけではあるが、黒髭の首視点では胸を弄くり回されている己の身体と今にもパンツを寛げようとしているバーソロミューの姿は完全に今からセックスします、といった様子に映った。 「キャー拙者の身体が目的だったのね! 変態!」  それに対して黒髭の身体は嘲笑うかのように中指を立て、バーソロミューはふっと笑いを溢した。 「お前だってそうだろう。それとも身体ばかり構われて寂しいのかい?」 「うげーゲロゲロ。テメェに構われても嬉しくなんかねぇんでつけどぉ?」 「そんなことはないだろう。首のお前も身体の素直さを見習ったらどうだい?」  得意のおちゃらけた態度で黒髭は吐く真似をして見せたが、バーソロミューは構わずに黒髭の首を持ち上げて己の顔の前へと持っていく。 「ところで今思いついたんだが、キスでもしたら治るんじゃないかい? 王子様のキスで魔法が解けるって定番の展開だろう?」 「なーにが王子様だ。テメェだって悪逆非道の大海賊サマなんだろ?」  軽く冗談めかして笑うバーソロミューに対して、黒髭は途端に悪辣という言葉が似合う、笑みというにはあまりにも歪な形に目を眇めて口を歪めた。  その口へとバーソロミューは噛み付く。正確にいえばそれは口付けであったが、唇をこじ開けて舌に歯を立てながらも深々と貪るように交わしたそれは少なくとも“王子様のキス”ではない。略奪者のそれである。  腹を空かせた肉食獣が獲物を貪り尽くすような粘着質な水音が響き、時折どちらともなく溺れているかのような息継ぎが挟まる。  長い戯れはやがて終わり、二人が漸く離れた頃には殆ど事後のような様相を呈していた。 「……なぁエディ、」 「だー! 何も言うなほんと急に何しやがる、あほらしー! はい本日のくろひーは営業終了! マスターが解決してくれるまで暇だからゲームすっぞ、って拙者コントローラー持つ手がねぇから……身体ァ! バーソロミューの野郎をボコボコにしようず」  そう叫ぶ黒髭の顔は首まで真っ赤であり、身体も何かしらの影響を受けたのかほんのり赤く染まっているようであった。更には先程まであれ程忌み嫌っていた首の言うことを聞き、充電していた二台のゲーム機を即座に準備しているではないか。  それに対して盛り上がりをみせていたバーソロミューも完全に熱を抜かれ、手渡されたゲーム機を起動して大人しく座り直す羽目となった。スリープ状態になっていただけのゲームでは果たして今何が起きたのだろうかと考える間も与えず、即座に戦闘開始してしまった。  黒髭の首による実況のようなものも相まって異常なまでの盛り上がりをみせた突発ゲーム大会は二人の指が攣るまで続けられ、やがて休憩を挟んだまま寝落ちという形で強制終了となった。  そして翌朝、バーソロミューの抱き枕のようになっていた黒髭の首も、正しく枕になっていた身体も何事も無かったかのように無事本来の形へと収まっており、この一波乱は静かに終焉を迎えた。  果たしてこの謎の事態はダ・ヴィンチの言う通り命日が由来の事件であったのか、誰かの悪戯か、それとも他の理由か。何も解決しないままカルデアの記録としてはほんの三行に纏められて、殆どの者からはひっそりと忘れられていくものと成り果てた。  バーソロミューと黒髭にとってはどうだったか。それは彼らのみぞ知ることである。


〈END〉

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